【雑記】物語への感情移入と共感
この記事はペルソナ3リロードおよびエピソードアイギスのネタバレが含まれます。また、センシティブな話題に触れるため、読む人によっては気分を害するかもしれません。

ペルソナ3リロード(P3R)というゲームのエピソードアイギスというDLCをクリアしました。このゲームの物語やシステム、そしてそれらの問題点はもともと知っていて、それらが非常に賛否の分かれるものだということも理解してプレイしました。最高難易度で37時間かかりました。もう二度とやりません
この記事はゲームそのものの感想というよりは、エピソードアイギスに対するネット上の感想を見て思ったことの記録です。記事の直接的な引用は避けますが、自分はあくまでそれらを読んで考えたことを文章にしているだけなので、誰かの感想に対する否定や肯定をする意図はありませんし、何より創作に触れて個々人が抱いた感情というものは、そのどれもが尊重されるべきだと考えています。あと、フェスに比べて脚本や演出が一部変更されていることも一応理解はしています。
(適当に考えたことを文章化しているだけなのでオチらしいオチというものはないのですが、)かいつまんだ結論としては、今回の脚本に納得できるかどうかは、P3主人公をどれだけ愛していたかによって決まるのかな、と思いました。
どういうことかを解説するために、自分が考えるエピソードアイギス(というより一般的な物語)を構成する4つの要素について先に整理し、順番に解説します。繰り返しますが、これは自分が勝手に言ってるだけなので、一般論ではありません。
- テーマ
- 世界設定
- 物語の展開
- 細かいキャラクターの言動、描写
1.テーマ
物語を作るにあたって表現したいこと、思想のことです。エピソードアイギスにおいては、「遺された者のその後」「希死念慮」などがこれに当たると思います。
2.世界設定
物語が始まる前に決まっている、舞台となる世界そのもの……という表現では分かりにくいかもしれませんが、P3Rにおけるシャドウ、ペルソナ、タルタロス、ニュクス、そしてエピソードアイギスで登場したエレボスのことを指しています。
3.物語の展開
実際に読者(プレイヤー)が物語を体験する道筋、要はプロットのことです。
4.細かいキャラクターの言動、描写
キャラクターが具体的に話す言葉、動きのことです。3とオーバーラップするように見えますが、プロットを見せられるだけでは表現できないさまざまな感情を乗せることができます。個人的には、自由度が高いからこそ、最もライターの技量が出るポイントとも思っています。ここで手を抜くとキャラクターがロボットに見えたり、『作者に喋らされている』とか言われたりします。
自分が確認した限りでは、主なエピソードアイギスの感想において苦言を呈されがちな要素は上記の3と4の部分、特に4の部分であるように感じました。これ自体は物語の評価として一見普通のように見えます。しかしながら、エピソードアイギスは本編と比較してもテーマの指向性が高く(『思想が強い』という言い方もできるかもしれません)、しかも誰しもが身に覚えのある、割と説得力のあることを言っており、世界設定への落とし込みもうまくできていました。しかしながら、それらを表現するために、処理しなければならない情報やキャラクターの感情も脚本上膨大であり、その皺寄せが3と4に来ていた、という印象です。
色々と批判のポイントはありますが、ここでは『主人公の死についてあまり悲しんでいない(ように見える)仲間たちの言動』について言及します。ゆかりやアイギスは全体的には主人公に対する大きな感情を抱いているように描かれていますが、『大いなる封印の真実を簡単に受け入れる仲間たち』という図式に対する否定的な意見は特に根強いものだと思うので、あくまでキャラクター個人ではなく、『エピソードアイギス全体の流れに引きずられているように見えるキャラクターたち』を総括してひとつの論点とします。
踏み込んだ過激な推測になりますが、エピソードアイギスのライターは主人公の死に悲しみを覚えたことがないのだと思います。これからの内容はすべて、これを仮定した上での(ある種アグレッシブな)議論になります。
創作物とはいえ、キャラクターの死を悲しまないなんて最悪の人間だ、と思われるかもしれませんが、個人的にはそれ自体は(少なくともライターとしては)問題ではないと考えます。過ちの本質は、キャラクターに十分な検討を加えないまま記号化し、ライターの主観と先行するテーマにキャラクターを合わせてしまったことです。キャラクターが悲しんでいないから問題なのではなく、悲しむべきキャラクターが悲しんでいないから問題なのです。つまり、悲しむ必然性のないキャラクターは悲しまなくていいのです。上述の4ができていないというのはまさにこのことを指しています。メインキャラクターが8人いたら8人全員のパーソナリティを精査して言動を描写しなければなりませんまあむずいと思うけど。先行するテーマや設定があるとしても、それに無理やり合わせようとしてキャラクターの心情との齟齬が生じてしまうと、読者(プレイヤー)が物語に没入できなくなってしまうのです。
……というのが脚本サイドについて考えたことですが、ここからは読み手サイドについて書きます。色々な情報が含まれますが、要約すると「読み手側の感情移入には落とし穴があるかもしれないよ」という示唆程度のものに留まります。
一部の界隈で有名(?)な「イタコ論法」という概念があります。これは他者が創作したキャラクターの抱く感情を無意識のうちに断定し、それに共感して、その作品の作者を批判するという論法です。ここでいう共感とは英語で言うとシンパシーのことで、同じく共感と訳されるエンパシーとは似て非なる心の働きを指します。つまり、『キャラクターの感情を推測している』のではなく、『キャラクターの感情を断定した上で、それと自分の心を同調させている』ということです。
この現象を念頭に置いた上で感情移入という行為について考えます。感情移入はよく共感と同一視される概念で、物語には欠かせないものです。ここで、感情移入が上記の2種類ある共感のうちどちらに当てはまるかというと、それはまた難しい問題でありますが、ここでは「人による」というコンサバティブな前提を置いておいて、エンパシーの部分に着目します。すなわち、キャラクターの感情を推察しようとする試みを指します。
よく現代文の問題で「作者の気持ちを答えなさい」みたいな、これまた記号化した概念が槍玉に上がります。これは演繹的・帰納的に答えが確定できるなら良問ですが、感情に起因する要素があれば、それが不確定性となり、悪問になります。
エピソードアイギスにおけるキャラクターの境遇とパーソナリティは、悪問に近い立ち位置にあると思います。本編のエンディングから3/31まで時間が空いているため、キャラクターの心情に不確定性があるということです。たとえば順平は(生存しているなら)チドリと交流しているはずですし、3年生組はその後の進路に向けて動いているはずです。そうでないならエピソードアイギス開始時の彼らの振る舞いは明るすぎるのではないかとも思います。そのうえ、エピソードアイギスでの各キャラクターの心理描写も満足に行われていないので、彼らの心情を決定するには条件が不足しています。
人間には、観測した情報に穴があると、それを無意識に補完しようとする機能が備わっています。不確定性のある脚本の構造をお出しされたときにもそれが働き、無理にキャラクターの心情を推察しようとすれば、エンパシーがシンパシーに引きずられる現象が発生すると思います。すなわち、読み手である自分が悲しんでいるのに、悲しんでいないキャラクターがいるのはおかしい、という心理につながるのではないでしょうか。
キャラクターの死というイベントは強烈な印象を読み手に残すことが少なくありません。1年間操作した思い入れのある主人公であれば尚更です。脚本サイドはこれらを認識した上で、もっと工数をかけてリメイクすべきだったと言われても仕方ないのかもしれません。
しかし、同時に考慮すべきこととして、感情移入という行為は時に不確定性を孕んでいて、読み手が移入している感情が必ずしもキャラクターのそれと一致しているとは限らない、ということを胸に留め置くことも大切なのではないでしょうか。今回は脚本が悪いと思うけどな
余談
色々書きましたが、個人的にはエピソードアイギスの全体的な評価が否定寄りなのはゲームシステムのせいであるという気がします。30時間の苦行を強いられた末にビターエンドを見せられれば、確かにプレイヤーとしてはいい気持ちはしないです。本編の日常生活と同じボリュームを用意するのは難しいとしても、せめて道中に楽しめる要素が散りばめられていれば、ゲームを遊んでいるうちにストーリーが終わるので、そこまで脚本に非難が殺到することもなかったかもしれません。ストーリーもゲーム部分も非常に好評というゲームは、浅学な自分は数えるほどしか知らないのです。
16タイプ性格診断 通称MBTI(MBTIではない)の問題点
この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
考えたこと
16タイプ性格診断の心理テストとしての問題点は主に以下の2つに起因する再現性の乏しさだと思います。
- 自己診断である
- 各項目の最頻値(であると思われる値)に結果の閾値を設けている
この記事では2に言及します。
まず前提として、16タイプ性格診断は、精神・エネルギー・気質・戦術の4項目について、それぞれ2つのタイプに診断者を仕分けして、最終的な結果を16パターンの中の1つとして出力します。
ここで、母集団における各項目の値の分布が、正規分布のように中央値と最頻値が概ね同じ値に収束しているものだと仮定します。
多くの診断者は、各項目の値が最頻値に近くなっていると思いますが、このような場合、閾値を簡単に跨げるために、結果に再現性がなくなってしまいます。各項目において、極端な傾向を持つ少数の診断者しか結果が安定しないのです。
加えて、各項目において、閾値を定めてデジタルに結果を出力しているために、診断者が各項目ごとにどの程度極端な傾向を持っているのかも、表面上は評価できません。値が出力される場合もありますが、主に共有される結果はアルファベット4文字の記号に限られていると思います。本来ならばかけ離れた値を持っているにも関わらず、同じ性格だと診断されてしまったり、とても近い値を持っているのに、閾値を跨いでいるために別の性格だと診断されてしまったりすることも、16タイプ性格診断の問題点だと考えます。

個人的な見解
16タイプ性格診断を知っている人たちの一部は、極端な信者とアンチに分かれている印象があります。信者が性格診断を強要したり、それを用いて人を測ったりしている一方で、アンチは過剰に診断やそれを使う人をこき下ろすアウトプットを繰り返している気がします(気がするだけかも)。
そもそも、性格診断というものは、診断者の入力をテストの作成者が定めた方法でサンプリングし、それを出力しているに過ぎないので、「16タイプ性格診断ではこのような結果が出た」という以上のことを主張する場合には、慎重な検討が必要だと思います。
一つの思想を科学的な検証なしに他人に押し付けるのは当然良くないことです。しかし、あくまで娯楽として性格診断を楽しんでいる人たちのコミュニティにわざわざ突撃して彼らを攻撃するのも、やっていることは同じ穴のムジナだと思います。
要するに、Twitter(現:X)で性格診断をトピックにして喧嘩しないで欲しいと思いました。
若者はなぜJRPGをやらなくなったのか
Tofuです.若者(〜20代を想定)がなぜJRPGを遊ばなくなった(偏見)のかを,22歳の視点と周りの人々の意見から雑に考えます.なお,Tofuの影響力不足が原因で,実際の統計(どの世代の人間がどのプラットフォームでどの種類のゲームをどれくらい遊んでいるのかなど)を取得することはできませんでした.インフルエンサーかメディア関係者の方がこのブログを読んでいたら,改めて調査を行なっていただければ幸いです.
0.目次
1.リリースの間隔が長い
ゲーム情報系youtuberナカイドさんも仰っていたことですが,ドラクエやFF等のある種伝統的とも言えるJRPGは,同様に一人用ゲームであるポケモンやゼルダといった若者に人気な作品群に比べると本編作品の発売間隔が長いです.ゼノブレイドシリーズも昨今の若者に評判ですが,そこには少なからず発売時期やコンテンツの供給ペースの加速が関わっていると考えられます.
RPGにおいて発売間隔が短いことが重要な理由は,通信要素が主要なコンテンツとなっている作品(対戦ゲームなど)に比べてエンドコンテンツに限界があり,遊び続けることが難しい点にあります.ゲームを趣味にしている人は常に遊ぶコンテンツが供給されている状態を望ましいと考えているため,それらを自発的に生み出しやすい対戦ゲームを除いて,やることがない時期が長く続くタイトルに投資することは価値がないと感じることもあるでしょう.
補足になりますが,上記の「やること」の解釈が個人によって異なることも重要な論点です.「やること」とは,言い換えれば「プレイヤーが遊ぶ価値があると判断できるコンテンツ」のことであり,一般的にはこれがなくなったタイミングがゲームのやめ時である,と解釈できますが,JRPGにおける「やること」を「ストーリーをクリアする」「クエストを消化する」等プレイヤーが受動的にこなすものとした場合,そこには必ず明確な「終わり」が存在します.それ以上の「やること」を生み出そうとすれば,それはRTAや縛りプレイなど研究的・自己研鑽的なものになるものの,これらのコンテンツを孤独に「遊び」続けることは,趣味としてはポピュラーな形ではないのです.
2.インタラクティビティがない
前項の内容とも関連する話になりますが,対戦ゲームにおいては連続性のある他者とのやり取りがコンテンツの本質である一方で,JRPGを始めとする一人用ゲームには一般的に他のプレイヤーとのリアルタイムなインタラクティビティ(双方向性)がありません.これは昨今の文化におけるゲームの立ち位置の変化に関わる問題であると考えられます.
技術が発達し,ゲームは一人で楽しむだけでなく,みんなで楽しむこともできるものになりました.すなわち,コミュニケーションツールとしてゲームを用いることもできるようになったということです.そして,少なくとも現代,特に若者のトレンドにおいては,ゲーム開発者が創作した未知の部分を開拓していく,という古来より続くJRPGの遊び方よりも,友達や家族と協力・対戦するフィールドとしてゲームを利用させてもらい,それを通じてコミュニケーションを図る,という多人数型ゲームの遊び方に軍配が上がります.重要なのは,これは人々の心理が世代を渡って変化したわけではなく,技術の進歩がこうした遊びの拡張をもたらした,という事実です.
幼少期を思い出すと,放課後に教室や図書館で本を読んでいる生徒よりも,校庭でサッカーやドッジボールを楽しむ生徒の方が多かった記憶があります.さらに言えば,「本当は外で遊んでいる人たちの仲間に入れてもらいたいけれど,能力的な問題でそれが叶わないために,仕方なくひとり遊びをしている」というケースもありましたが,身体的能力に直接依存しない多人数ゲームではこうしたハードルはありません.人間は社会的な生き物であり,孤独に作業をするよりも他人と相互作用することに充実感を覚える性質があると考えられます.
最近は,若年層では特に趣味が多様化し,屋外でスポーツをする人々もいれば,屋内でゲームをする人々もいます.しかしながら,屋内でゲームをしているからといって必ずしも孤独な作業をしているわけではなく,むしろゲームを通じて社会的な活動を行なっている若者の方が多いのです.そして彼らは,一つ前の世代に生まれていれば,父や祖父の例に倣ってスポーツマンになっていたことでしょう(その逆もありなん).すなわち,本質的に望んで一人用ゲームを黙々とプレイしたり,本を読んだりする人の数は変わっていない一方で,技術的な進歩によって外で社会的な(趣味に取り組むような)趣向を持っていた人々が多人数ゲームに流入してきた結果,ゲーム人口そのものが増え,結果として一人用ゲームのプレイ人口が減少しているように見える,という仮説をたてることができます.実際,ドラクエFF等の伝統的なタイトルの売り上げ本数は,価格の変動やプラットフォームの変化,時間経過による累積などの要因を考慮すれば,ナンバリングを追うごとに大幅に減少しているわけではありません.
3.配信映えしない
近年,特にサブカルチャーに傾倒する若者にとっては,ゲームは遊ぶものではなく,見るものに変化してきました.これにもやはり,配信環境を整えやすくなったことや通信技術の発展などが寄与していると考えられます.
ゲームの配信が望まれているフィールドは主に2つあります.1つは,人気実況者やvtuberなど,「人そのもの」に価値がある存在が,ゲームを通じて視聴者に価値を提供する場合.もう1つは,そのゲームにおいて優れた手腕をもつプロゲーマーやストリーマーが,その巧妙なプレイを通じて,間接的に視聴者にゲーム体験を提供する場合です.
こうしてゲームは新たにその価値を提供するフィールドを得ましたが,このような枠組みを適用するにはJRPGは不向きです.まず前者について,初見のJRPGは配信で一回見てしまえばストーリーも初見殺しなどの詰み要素も丸わかりです.それらを知った上で同じタイトルを購入する人は多くはないでしょう.既プレイの作品に対する配信者の反応を見る,という楽しみ方もあるかもしれませんが,それは既に作品を購入してクリアしている人から見た話であり,やはり新規参入は見込めません.続いて後者についてですが,アクション要素のない(あるいは限られた)JRPGには巧妙なプレイもクソもないので,わざわざ配信で見る必要性がありません.隠された収集要素や強敵を倒す戦術など,工夫すべき要素はありますが,それらは自分で考えて導き出さないと意味がないですし,さらに身も蓋のないことを言えば,再現性があるので動画で一回見れば十分です.
4.ストーリーが評価の対象になる
JRPGに不可欠な要素としてストーリーがあります.これは非現実的な時間が流れるゲームの画面の内部でキャラクターのコマンドを操作するだけでは好ましいゲーム体験にはならず,それ以外の部分でプレイヤーに価値を提供しなければならないためです.一方で,技巧的なアクション要素に大きく依存したアクションゲームや対戦ゲームはストーリーが存在しないか,もしくは無視できるものが多く存在します.これはアクションという要素そのものに価値があり,それだけでユーザーに好ましいゲーム体験をさせるように設計されているためです.「ではストーリーを売りにすればいいではないか」という話になりますが,これは商業的には安定する作戦ではありません.
アクションを主軸にした商業戦略は非常に安定しています.移動や攻撃といった要素は直感的であり,キャラクターを操作しているだけでプレイヤーに「楽しい」と思わせることができます.操作していて不快だというフィードバックがあったとしても,それに対するゲーム設計の改善をすることは容易です(バランス調整を優先しなければならない場合や高難易度コンテンツの設計を前提としている場合など,難しいこともありますが).
誰もが操作していて楽しいと思えるキャラクターを作ることは簡単です.しかし,誰もが読んでいて楽しいと思えるゲームのストーリーを創作することは困難を極めます.前提として,JRPGはゲームであり,小説ではありません.バトルや探索などのゲーム部分を通じてシナリオを読者に体験させ,感情を動かすことを目的としているので,単に一本道のストーリーの流れを巧妙に設計しただけでは,真に魅力的なゲーム体験であるとは言えないのです.その上で,「減点要素を極限まで排する」「動きのある展開を定期的に配置する」などの商業的に成功するための物語を創作する難易度も乗算されるので,それらの噛み合わせが少しでも狂えば簡単にクソゲーが爆誕してしまいます.こうしたハードルを超えて名作JRPGを生み出したクリエイターは,同じ売り上げをもつ他のジャンルのクリエイターよりも多くの工数を要していることは想像に難くありません.
まとめとお気持ち
JRPGはたまにしか新作が出ないし,誰かと一緒に遊べないし,配信映えしないし,ストーリーがつまらない作品がたくさんあります.しかし,三世代に渡る壮大な冒険をしたあの日のように,スピラの死の螺旋を断ち切ったあの日のように,作品は人生の一部となり,大切な思い出となって自分の中に残ります.「大切な思い出は彼女とか友達と作ればいいじゃん。」とか言ってるそこのあなた.仰る通りです.部屋の隅にそっとしておいてください.
スマブラとわたし
【注意】この記事はクソ自分語りブログです.初心者の戯言や妄言に対してキレず,さらに僕に興味のある奇特な方のみご覧ください.
はじめに

おせえ!!!!!!
センター試験を控えた2019年の1月にスマブラSPを購入し(おかげで第一志望に落ち,しかも同大学に受かった友人はスマブラも僕より強くなりました.つまりこのスマブラはお前の人生そのものだ)今まで3年半,プレイ時間にして1645時間,ようやくキャラ愛圧倒的top3のファイターをVIP入りさせることができました.去年の10月にひとり増えた気がしますが,気のせいだな.
このブログでは,これから真面目にスマブラするときに運用していくであろうこの3人について,なぜ好きなのか,使う上で何が大変だったか,今後どのように使い分けていくのかを書いていきます.本当に自分語りじゃん……と思いましたか?でも事前に通告したからいいよね
前提情報
前提として,僕はスマブラはSPがほぼ初プレイであります.小学生の時に友達の家でスマブラXをしていたこともありますが,当時は若く,ソニックでホーミングアタックを連打していました.
コントローラーは元々プロコンで今はGCコンです.オフにもたまに行ってレート1700くらいの人たちにボコボコにされてます.
優先ルールは以下の通り↓
・1on1
・戦場
・3ストック
・7分
戦場の理由は,ソニックとソラには台コンがあり,シュルクは空Nの恩恵を受けやすいからです.
シュルク
なぜ好きなのか?
彼のことはスマブラで初めて知りました.とはいえ認識した瞬間から彼を使うモチベーションがあったのかというとそうではなく,どちらかといえば興味のないファイターのひとりだったと思います.
あれは2020年の5月か6月……か7月くらいのこと.友達とおまかせ乱闘をしている時,偶然シュルクを引いて空Nの強さに驚愕したことがきっかけでした.「こいつ最強キャラでは?」と舐めたことを抜かしてオンラインに潜ってみたところ,空Nは思ったより気軽に振れる技ではなかった(当社比)のですが,一方でモナドアーツを当時の自分でも割と直感的に扱える(主観)ことに気づき,キャラの面白さに引き込まれました.
しかしここで致命的な問題にぶち当たります.というのも,僕は宗教上の理由でキャラ愛のないファイターはスマブラで使うことができなかったのです.当時の時点では手越祐也に似ているくらいしか印象のなかった彼にキャラ愛など微塵もありませんでした.それでも,どうしても彼を使いたかった僕は強硬手段にでました.そう,ゼノブレイドDEの購入とプレイです.
面白すぎて一週間ぶっ続けてプレイし,クリアしました.もともとRPGは好きでしたが,あそこまでハマるとは思わなかった.原作の詳細な感想は今は割愛しますが,一番衝撃的だったのはスマブラのシュルクよりも原作のシュルクがうるさかったことです.ウソです.
ついでにゼノブレイド2と3も宣伝しておきます.買ってください.
大変だったこと
今回白羽の矢が立った3人の中でたぶん最も繊細なファイターがシュルクです.故に大変だったことも多かった.その証拠にVIP入りまでに2047試合かかっています.今VIPに入れなくて泣いている人はとりあえず2000試合やってください.
斬のコンボは入れ込んでも比較的期待値の高いものが多い一方,疾で一気に崖外まで運ぶようなコンボはヒット確認が難しく,オンラインでは追い風を受けているという印象.だれかとに大量に生息している筋肉ファイターのお願いスマッシュに当たらず,処理し続けるのも難しい気がします.
個人的に最も苦労したのは撃の扱いです.というのも,崖展開で相手を追い詰めている時でさえ,シュルクの撃墜行動はリスクを伴うものが多いので,中%以降の撃状態ではとりわけ自分が撃墜される可能性も考慮しなければなりません.ニュートラルではその傾向がより顕著に現れます.故に,シュルクで撃墜を通す瞬間は「ここぞ」という勝負強さが要求される.ここにはさまざまな宗派があるので議論は避けますが,僕は最終的には崖で期待値高めの時だけ撃を使うというプレイスタイルに落ち着きました(あとは復帰距離の高いファイターを復帰阻止で早期撃墜したい時とか).そんなこんなで撃墜が下手すぎて僕のシュルクはバ難になりがちでした.オフに行くと割とタイムアップも起こります.お前本当にシュルクか?
他にも,自分の撃墜帯では上り空Nの後に次のジャンプを安易に入れ込まないことで救われた命が無数にありました.これはシュルクに限った話ではないと思いますが,空Nが強力であるが故に小ジャン攻撃を連打しがちなファイターは特に気をつけるべきでしょう.
あとは立ち回りに関して,シュルクは基本的に待ちが強いファイターですが,引き・垂直ジャンプ攻撃を繰り返して相手が動くのを待つのではなく,常に圧をかけながら相手の動き出しを待ち続けることが重要です.僕の場合,脳死で空前を連打していたために相手にとって戦いやすい試合のリズムを自ら作り出してしまっていたことも多かったので,たまにただ歩く時間を混ぜてみたり,攻撃と攻撃の間にただのジャンプを混ぜてみたりして,緩急をつけることを意識するようになってから,気持ち技を通しやすくなりました.
最後に,いないとは思うけどこれからシュルクを使う方に向けて,疾状態を除いて彼にはあまり難しいコンボはありませんが,翔のエアスラッシュの復帰距離と小ジャンプから下り空後を出せるタイミングはトレモで確認しておいた方がいいでしょう.
ソニック
なぜ好きなのか?
単純に僕が知る中で最もかっこいいキャラクターとしてソニックとシャドウが大好きなだけでなく,原作で味わえるハイスピードなゲーム体験と,新ソニや絵本シリーズの頃の王道かつ爽やかなストーリーに惹かれたためです.
ゲーム部分で言えばソニックワールドアドベンチャーの昼パートが一番好きです.例のアレの要素が苦手でなければぜひ以下のRTA動画を見てください.
大変だったこと
スピンが通りづらい相手に対する火力稼ぎと撃墜に苦労しました.相手が0%であればソニックはスピンからのコンボで50%ほどのダメージを与えられ,撃墜帯であれば相手のベク変次第でそのまま空前〆まで持っていけますが,逆にスピンを封じられると攻守共に戦力が大きく限定された状態となります.飛び道具キャラは一方的にスピンを止められる他,近距離キャラであってもガードを固めるなどして対策できている相手に対してはスピンがあまり機能しません.そのため,スピンを見せつつも打つタイミングは考える,斜めスピンで透かし掴みと下り空Nの択がけを狙うなど,差し込みのカードはあらかじめ多く揃えておく必要がありました.
飛び道具キャラは相性的には悪くないものの相手をするにはやや難易度が高めで,空中機動が劣悪なために,ジャンプとガードに加えてダッシュで飛び道具をいなす特殊な戦い方をする場面もしばしば.ホーミングアタックは一応差し込みとして機能しますが,リスクが大きいので僕はあまり信用しませんでした.
一方で,体の大きいファイターに対しては上り空上が容易に2段入るため,リターンの大きな差し込みのカードが1つ増えることになります.鈍足な相手であれば,持ち前の機動力とローリスクなスピンの性能を活かしてより戦いやすく,ソラとシュルクに比べれば壊されることも多くはありませんでした.
ソラ
なぜ好きなのか?
生まれて初めてプレイしたゲームがキングダムハーツで,以降も生涯好きなゲームシリーズとなっているため,彼のスマブラへの参戦は中学生くらいから熱望していました.リミックスされているタイトルは全てプレイ済みですが,一番面白かったのは2fmと3remindの二択で悩みどころです.ストーリーだけで言えばdaysを最も評価しています.好きなキーブレードはファンタジーノーツとロストメモリーです.
ランドとシーでいえばシーが好きです.最近行ってないのでまた行きたいです.ただタワー・オブ・テラーは怖いので乗れません.
大変だったこと
3人の中では一番試合数が少なく済みました.桜井さんも言っていた通り,(初心者帯で戦う分には)スタンダードで使いやすい性能にまとまっていたと思います.
空Nが通らない相手への火力稼ぎと撃墜に苦労しました.ソニックと似ていますが,ソラも上り空Nに大きく依存したファイターであるため,対策されると戦い方を考えなければなりません.とはいえ,スピンに比べるとソラの空Nは拒否するのが難しく,オンラインであるおかげか,徹底してくる相手は多くはありませんでした.
応用レベルのコンボをマスターしていなくても比較的用意に火力が取れるファイターではありますが,台経由のコンボだけは必要度が高く,かつ難易度が高めでした.
あとは回避が2Fのファイターに対しては単純にコンボの難易度が上がり,やや撃墜に苦労しました.
まとめ
ここまでつらつらと書いてきた感想を調理したものがこちらになります.

机上の空論なのでどうなるかはさっぱり分かりません.そもそもキャラじゃなくてステージに合わせるべきなんじゃないのとか,人に合わせるべきなんじゃないのとか,3キャラなんて無理だから1キャラに絞れとか,色々な声が聞こえてきますが,とりあえず目先の対戦にはこのような布陣で挑む所存です.
あと,スマブラに取り組む上でのメンタル面の問題に関して,キシルさんの動画に大変助けられました.みんなも見よう
身も蓋もないことを言うと,「だれかと」に潜るよりもフレンドとやったりオフに行ったりした方が114514倍楽しいので,スマブラを楽しむという観点から言えば僕はそちらを推奨しています.実力のためにモチベーションを損なうくらいなら,無理してVIPとか行かなくていいと思います.割とマジで.
最後になりますが,これまで対戦してくれた全ての方々に感謝を.
これでもうスマサーの代表なのにVIPじゃないってマジ?とか言われなくて済むんや……
Tofu
試合開始時のモナドアーツを疾にする理由
Tofuです.シュルクを使う際,開幕のモナドアーツを斬ではなく疾にする理由について説明します.
モナドアーツの概要
シュルクはどのような状況においても適切なモナドアーツを発動した状態でゲームを行うのが理想です.ニュートラルゲームにおいては,相手が低パーセントの時には疾と斬,高パーセントの時には疾か撃……いずれもリキャストが回っていない時には翔を使うこともあるでしょう.
シュルクも相手も高パーセントでニュートラルゲームを行う場合,シュルク側も撃墜リスクが高まる撃よりも,立ち回りが強くなり吹っ飛ばしも減衰することのない疾を優先的に切ることに異論のある人はいないと思います.シュルク側が低パーセントの場合は,一発当てれば撃墜できる撃を選択するプレイヤー,立ち回りで勝って復帰阻止で倒し切る疾を選択するプレイヤー等々,様々な議論の余地があるでしょう.
低パーセントの時も,単純にリターンを伸ばす斬を切るプレイヤーと,差し合いで優位に立てる疾を切るプレイヤーで意見が割れる……のかもしれません.しかし僕は最初に切るのは疾である程度結論が出ていると考えています.以下にその根拠を記します.
根拠は2つありますが,いずれも疾から斬につなぐ前提で論じています.
1.ラインを獲得してリターンを伸ばす
剣士系のファイターは往々にして立ち回りよりも展開維持でリターンを伸ばす傾向にありますが,疾シュルクは特に相手からラインを奪って崖外に追いやる能力に優れています.たとえ確定していなくても,その攻撃範囲の広さと疾特有の攻撃の回転率の高さを活かせば,相手の回避や暴れを読んで次の展開に繋げることができます.
こうして崖端に運んだ後は斬につなげてリターンを伸ばしますが,ここで重要なのはニュートラルで斬を切るよりも,有利展開で斬を切った方が期待値が高いということです.シュルクはこれ以上引けない相手への択がけに優れていて,そのうえ崖上がりという確実に不利な要素を背負うことになる状況と合わさり,相手への触りやすさはついに危険な領域へと突入する……
斬シュルクであるということは,疾シュルクではないということです(小泉構文).疾や翔でないときの立ち回りの弱さ(ネガ)を崖という展開でカバーすることで,斬シュルクの強みを最大限引き出すことができるでしょう.
2.相手に少量のダメージを与えてコンボの確定帯にする
斬シュルクの下投げ始動コンボは,下り空N始動コンボに比べて確定帯が狭い傾向にあります.特に厄介な性質は0%だと確定しないファイターが多いこと.下投げ横強が顕著で,そういう時は下投げ下強で対応しますね.プリンなどの軽いファイターにはそもそも下投げ下強しか確定しないため横強を振る機会そのものが存在しませんが,それはまた別の話.とにかく,低パーセントといっても0%ではなく少しダメージが溜まっているくらいの方が色々確定するということが重要です.重量級相手なら横スマが確定することもあります.
ここで,疾シュルクのダメージ低下のデメリットに注目してみましょう.疾で展開維持をされ続けても,思ったよりダメージが溜まっていない……というのは対シュルクあるあるだと思います.これは一見疾の弱点のようで,斬が控えている状況ではメリットにもなり得ます.~30%程度の相手に下投げ始動コンボを叩き込む絶好の機会.疾で下拵えされた相手を,斬シュルクでコトコト料理してホッカホカにできれば理想的ですね.
まとめ+α
上記の議論から,試合を始めてすぐに切るべきなのは疾だと考えられます.いずれの根拠も,斬が活躍するための舞台を疾で用意しておく,というスタンスになっています.この活躍すべきモナドアーツを活躍すべき場所で使う,という思考は高パーセント時にも適用できるので,気が向いたらシュルクでゲームメイクする際に指標にしてみていただきたい.まあ僕は非vipなので信憑性は怪しいんですけどね
ウエスマとUECsmashの歴史
Tofuです.一ヶ月前くらいに準公認となった電通大スマブラサークルUECsmashの足跡についてお話しします.この記事は多忙な弊学生でもスルスルっと読めるように手抜き簡潔に仕上げる予定です.僕も締め切り3時間前にこの記事を書いてます
実はこのサークルのきっかけを作ったのは僕ではありません.第1回ウエスマは僕の友人が主催しており,当時の僕は一介の参加者でしかありませんでした.しかしながら大会に参加して「こういう形式で主催したら面白いんじゃね?」と思って第2回を主催するに至ったというわけです.
当時はコロナ禍でキャンパスに行くことができず,もともといた友達以外とコミュニケーションを取る機会を失った中で,オンラインでも学生間の繋がりができればいいなぁと考えていました……というのは後付けの理由.実際にはパッションのままに企画して開催に踏み切った記憶があります.第2回の参加者は過半数が電通大生ではありませんでしたが,それでもTwitterをかき分けて来てくれた参加者と共に,大会としてなんとか形を保てたおかげで,いつかは電通大生もたくさん来てほしいなあという思いを提げ,第3回の開催に踏み切ることができました.第2回からずっと参加してくれている方々には感謝しています.
第5回以降,ハイレベルな参加者が増え,試合の見栄えも大変良くなりました.後々経緯を尋ねるとやはり「UEC スマブラ」で検索して僕のDMに凸したとのことで,その行動力には心底感謝しています.彼らがいなければ今のUECsmashは存在し得ないだろうと思うほど,サークルにとって欠かすことのできない存在であり,故に第5回大会は重要なターニングポイントであったと記憶しています.
第8回には新入生が多数参加してくれましたが,当時のログによると「今回は新歓も兼ねてるから大会告知めっちゃリツイートして」みたいな発言をしており,改めて見返すと酷く貪欲だなあと……思ったけど準公認サークル化を目論んでいるときも他の企画をするときもスタンスとしてはそんな感じだし,やはり何かしら人を巻き込もうとする時には貪欲さが重要なのかなぁ思います(掌返し).今後大会やサークルの主権を握る人間にはパッションと貪欲さをよく教育していきたい所存です.
準公認化したのは確か第12回の直後くらいだったと思います.この時僕は第1回の主催兼現在の鯖缶への相談を忘れて全体メンションでこの連絡を投げました.後輩の熱意に押されてこれまたパッションで動いてしまったんですね.ちなみに当の後輩は現在誰よりも熱心にオフ大会計画を推し進めています.準公認化すればオフ大会が開ける!と思っていたら意外とやるべきことが多く,主に運搬や予算等の問題の解決に苦労したものの,なんとか年明けには開催に踏み切ることができそうです.この場を借りてお礼申し上げます.
学友会に準公認願いを提出する時,サークルのメンバーに学友会員が5人以上いることを確かめる審査にみんなで行ったのですが,「自分のことを学友会員だと思っていたけどそんなことなかった」みたいな人が結構いて,焦ったのはここだけの話
現在では大会参加者のレベルは非常に高くなり,参加者の割合的にも電通大生とそれ以外がいい感じに混ざり合うようになりました.非vipからレート1800まで,あるいは中学生から社会人までが所属するこのサーバーですが,これからも電通大関係者スマブラーの,時には戦場として,時には憩いの場として,激しくも温かい場所にしてあげられたらいいなぁと思っています.ちなみに僕は非vipです
藍子学演習第三 〜夜明け〜
高森藍子担当のTofuです.(ライブ最高でした.もはや何も言うまい)アドベントカレンダーが完結し,義務的に文章を書く必要はなくなりました.しかし,文章力は行使しなければ維持できないもの.これからは定期的に記事を書いてビルドアップに努めたい所存です.
というわけで,今回は藍子学演習シリーズの第3弾になります.これは友達のT氏の話なのですが,ネタを提供してくださるということでありがたく使わせてもらうことにしました.内容は基本的にTofuの主観であり,T氏及び藍子・智絵里に関する情報の真偽を保証することはできません.T氏曰く,特に智絵里への見解は公式のそれから大きく逸脱しているため,参考にしないでほしいとのことです.
前回→藍子学演習第二 〜未来へのお散歩〜 - TofuP’s diary

第一章 張りぼて
両親だけでなく多くの人に愛されて生まれたT氏は満たされた幸せを享受していました.どれくらい愛されていたかというと,大人たちがT氏と暮らしたいという理由だけでいやいや彼の父と同居することを選んだほどです.ここまで遠回しに書く意味があるのかはわかりませんが,要するに彼の父は人格に優れてはいませんでした.
T氏は薄々そのことに気づいていました.しかし,まるで汚い罪人に能面を被せるように接する大人たちを見て,自分は愛されているんだなぁ,幸せだなぁと,その贅沢を知る由もないほどに綺麗な世界で生きていくことを暗黙のうちに選んでいたのです.彼は,大人に可愛がられることを何より大事に考え,同世代の子供たちとのコミュニケーションを蔑ろにする歪んだ精神を順調に構築していきました.
やがて,そんな関係にも変化が訪れます.それは父の悪虐にとうとう愛想をつかした大人たちが家族を離れ,両親だけになったときのこと.酒に心を曝け出した母が自決を試みたのを未知の力で阻止した瞬間から,彼の心は壊れ始めました.その後,母は社会の闇に存在を消され,父はあれよあれよと親権を取得.当然のことながら,当時小学生だったT氏はことの重大さに気付くことができませんでした.ずっと信じてきた自分の核が偽りだったことに気づいた時,彼の誤った成長を正すにはもはや遅すぎ,至上命令である「大人に気に入られること」を捨てるには父の教育能力は著しく欠如していました.
T氏にとっての愛情という概念が形骸化した頃,彼は中学生になりました.破綻した彼自身の役割を演じ続けるのに,どうしようもない障害が現れることを彼は知りません.それは心ではなく,肉体の成長でした.幼く見えた容姿に甘えて維持していた友人関係に隠れた無知で傲慢な本質が露呈したとき,周囲にもはや親友と呼べる存在はいなくなります.行動を省みる能力すら備えていなかった彼にとってその現状を打破するのは無理難題が過ぎ,彼は孤独となりました.残ったものは,他者を卑下するためだけの自尊心と,愛を謳う人々に対する憎しみだけ.それを維持するために外界の全てを否定的に捉え,あたかも誰かが自分を絶えず攻撃しているように錯覚して,自分という存在を正当化するようになっていったのです.
第二章 温もり
家庭内だけでなく,学校という極めて社会的なコミュニティにおいて孤立したT氏が,サブカルチャーに没頭するようになったのは必然だったと言えるでしょう.親友とは到底呼べない関係,「共通の趣味」という蜘蛛の糸よりか細い繋がりをたどって彼が辿り着いたのがデレステでした.実際にはスクフェスもしていたようですが,やがてタスクを削るために彼はソシャゲの取捨選択を迫られます.そこで智絵里に出会っていなければ,彼がデレステを続けていたかは定かではありません.彼女が全ての元凶なのは間違いないけれど.

家族関係の崩壊に起因する性格の変化,という智絵里の境遇を知ったT氏は今まで出会ったどの他者にも決して抱いたことのない感情を覚えました.その正体を明らかにする器を持ち合わせていなかったものの,いつもそばに智絵里がちょこんと座っているかのような感覚は彼の精神を以前より安定させたとのこと.それは,自分の弱さを自覚し始めるきっかけになったのかもしれません.今にして思えば,智絵里よりも自分が彼女に依存していたことは間違いないと,彼は語っています.

第三章 対極
智絵里というたったひとりのキャラクターだけがデレステとT氏を繋いでいる状態から変化が訪れるまで,あまり長くはかかりませんでした.

ターニングポイントは「ゆるふわ乙女」を引いた瞬間.その佇まいに目を奪われたときです.自尊心を保つためにあらゆる他者に対しその負の側面を想定して批判していた彼の前に,彼女は特異点として立ち塞がりました.彼女はおおよそ,キャラクターデザインとしては「萌え」よりも「優しさ」を基調にしている.それまでのアイドルたちとは雰囲気からして異彩を放っているように感じられ,何より彼の知りうる限りのネガティブな感情が,セリフや表情から感じられなかったのです.「優しさ」という極めて単純な単語は意味としては理解していたものの,それを実際に示されたときの心の中は,混乱を極めていました.彼女をどう批判しようか迷っている間に,彼女の「優しさ」に包み込まれてしまったのです.

彼と同じ16歳であるにもかかわらず,彼とは対極に存在する彼女に対する未知の困惑は,ある出来事を経て変化を遂げることになりました.所属していた部活動でみんなが創作した作品の校正をしあっていたとき,文字通り校正に徹していた彼の作品を,褒めるべきところは褒めてくれる先輩がいたのです.そのときふと,心の中に温かいものが生まれるのがわかりました.それは幼少期に経験したものとは違い,「相手が自分を想っている」と訴えかけてくるかのような心象を与え,何度も何度も,感想の文章を読み直したことを覚えているそうです.
他者の愛を虚構と見做し,拒絶する.これは彼にとって論理的帰結でした.確かに,あらゆる愛が自分を想ってのものだと思い込むのは愚直です.それを疑ってかかることは,合理的である場合もあるかもしれません.しかし,生きる上で人には愛が必要になること.そして,自分も誰かに愛を与えられる可能性があること.そんな一見当たり前なことを,彼はやっと答えとして実感し,彼女を理想形として人生の見本にしようと思えるようになったのです.
第四章 家族
智絵里が趣味として提示している「四つ葉探し」は決してメルヘンな世界観や幼稚性の演出などではなく,彼女が今より状況が良かった過去に固執し依存しているという「弱さ」の表出に他なりません.劇中で両親との関係を改善する描写があり,そのおかげで性格が少しだけ明るくなったという設定があり,その成長物語と「家族」の要素は切り離すことができない.家族との和解が智絵里の「夜明け」になったことは明確です.
一方その頃,T氏は「優しさ」を学んだものの,「家族愛」についてはどうしても信じることができずにいました.友人と接するときと,家族と接するときは明確に性質が異なっている.過ごす時間の量も質も前者と後者では比較にならず,だからこそ家族を愛することなんて本当はできないのではないか.あるのは「子供だから可愛がる」という形骸化した本能だけで,その周囲には大人たちの穢らわしい思惑が跋扈しているのではないか.
こんな迷いを抱えたまま月日は流れ,母が社会の闇から帰ってきました.本当は少し怖かったけれど,いつか自分も智絵里のように家族の愛を確かめたいという欲求は,心のどこかに確かにあったため,勇気を振り絞って会いに行ったそうです.しかし,久しぶりの再会でも,胸中には複雑すぎる感情が渦を巻き,まともに顔を見ることすらできません.かける言葉も見つかりません.そんな彼を,母はそっと抱きしめました.そのとき,わかってしまいました.彼女は自分を愛している.理屈は関係ない.家族愛は存在する.絶対の事実から目を逸らすことができず,彼はただ静かに涙を流す母を抱擁しました.思えば白髪も増えて,体型も痩せ細って,まるで違う人間のようになってしまったな.側から見れば,ちょっとだけ不気味にすら見えるかもしれない.でも,この人は母親なんだ.僕のお母さんなんだ.
智絵里より少しだけ遅れて,彼は夜明けを迎えることができたのです.

第五章 反逆者
理想は既にありました.しかし,彼がそれに取り組むには,現在に至るまでさまざまな困難が立ち塞がったのです.その強すぎる光に近づくと,翼が焼け落ちてしまうほど,彼の心は既に人間の闇と呼べる部分に触れていたのかもしれません.それでも,智絵里は語りかけます.弱くてもいい.綺麗な思い出がなくてもいい.愛は取り戻せる.夜明けはやってくる.
T氏曰く,彼の担当アイドルがあくまでも藍子ひとりである理由は二つあります.一つは,彼自身が智絵里と心を一つにしているから.そしてもう一つは,彼が心を一つにしている智絵里は,他の事務所にいる智絵里とは違いすぎ,「緒方智絵里」と呼ぶには無理があるから.
しかしながら,智絵里の解釈に限っては,彼は反逆者となる決意を固めているのです.なぜなら,愛は実在すると教えてくれた智絵里は,ここにしかいないのだから.
