藍子学演習第三 〜夜明け〜

 高森藍子担当のTofuです.(ライブ最高でした.もはや何も言うまい)アドベントカレンダーが完結し,義務的に文章を書く必要はなくなりました.しかし,文章力は行使しなければ維持できないもの.これからは定期的に記事を書いてビルドアップに努めたい所存です.

 というわけで,今回は藍子学演習シリーズの第3弾になります.これは友達のT氏の話なのですが,ネタを提供してくださるということでありがたく使わせてもらうことにしました.内容は基本的にTofuの主観であり,T氏及び藍子・智絵里に関する情報の真偽を保証することはできません.T氏曰く,特に智絵里への見解は公式のそれから大きく逸脱しているため,参考にしないでほしいとのことです.

前回→藍子学演習第二 〜未来へのお散歩〜 - TofuP’s diary

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第一章 張りぼて

 両親だけでなく多くの人に愛されて生まれたT氏は満たされた幸せを享受していました.どれくらい愛されていたかというと,大人たちがT氏と暮らしたいという理由だけでいやいや彼の父と同居することを選んだほどです.ここまで遠回しに書く意味があるのかはわかりませんが,要するに彼の父は人格に優れてはいませんでした.

 T氏は薄々そのことに気づいていました.しかし,まるで汚い罪人に能面を被せるように接する大人たちを見て,自分は愛されているんだなぁ,幸せだなぁと,その贅沢を知る由もないほどに綺麗な世界で生きていくことを暗黙のうちに選んでいたのです.彼は,大人に可愛がられることを何より大事に考え,同世代の子供たちとのコミュニケーションを蔑ろにする歪んだ精神を順調に構築していきました.

 やがて,そんな関係にも変化が訪れます.それは父の悪虐にとうとう愛想をつかした大人たちが家族を離れ,両親だけになったときのこと.酒に心を曝け出した母が自決を試みたのを未知の力で阻止した瞬間から,彼の心は壊れ始めました.その後,母は社会の闇に存在を消され,父はあれよあれよと親権を取得.当然のことながら,当時小学生だったT氏はことの重大さに気付くことができませんでした.ずっと信じてきた自分の核が偽りだったことに気づいた時,彼の誤った成長を正すにはもはや遅すぎ,至上命令である「大人に気に入られること」を捨てるには父の教育能力は著しく欠如していました.

 T氏にとっての愛情という概念が形骸化した頃,彼は中学生になりました.破綻した彼自身の役割を演じ続けるのに,どうしようもない障害が現れることを彼は知りません.それは心ではなく,肉体の成長でした.幼く見えた容姿に甘えて維持していた友人関係に隠れた無知で傲慢な本質が露呈したとき,周囲にもはや親友と呼べる存在はいなくなります.行動を省みる能力すら備えていなかった彼にとってその現状を打破するのは無理難題が過ぎ,彼は孤独となりました.残ったものは,他者を卑下するためだけの自尊心と,愛を謳う人々に対する憎しみだけ.それを維持するために外界の全てを否定的に捉え,あたかも誰かが自分を絶えず攻撃しているように錯覚して,自分という存在を正当化するようになっていったのです.

第二章 温もり

 家庭内だけでなく,学校という極めて社会的なコミュニティにおいて孤立したT氏が,サブカルチャーに没頭するようになったのは必然だったと言えるでしょう.親友とは到底呼べない関係,「共通の趣味」という蜘蛛の糸よりか細い繋がりをたどって彼が辿り着いたのがデレステでした.実際にはスクフェスもしていたようですが,やがてタスクを削るために彼はソシャゲの取捨選択を迫られます.そこで智絵里に出会っていなければ,彼がデレステを続けていたかは定かではありません.彼女が全ての元凶なのは間違いないけれど.

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 家族関係の崩壊に起因する性格の変化,という智絵里の境遇を知ったT氏は今まで出会ったどの他者にも決して抱いたことのない感情を覚えました.その正体を明らかにする器を持ち合わせていなかったものの,いつもそばに智絵里がちょこんと座っているかのような感覚は彼の精神を以前より安定させたとのこと.それは,自分の弱さを自覚し始めるきっかけになったのかもしれません.今にして思えば,智絵里よりも自分が彼女に依存していたことは間違いないと,彼は語っています.

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第三章 対極

 智絵里というたったひとりのキャラクターだけがデレステとT氏を繋いでいる状態から変化が訪れるまで,あまり長くはかかりませんでした.

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 ターニングポイントは「ゆるふわ乙女」を引いた瞬間.その佇まいに目を奪われたときです.自尊心を保つためにあらゆる他者に対しその負の側面を想定して批判していた彼の前に,彼女は特異点として立ち塞がりました.彼女はおおよそ,キャラクターデザインとしては「萌え」よりも「優しさ」を基調にしている.それまでのアイドルたちとは雰囲気からして異彩を放っているように感じられ,何より彼の知りうる限りのネガティブな感情が,セリフや表情から感じられなかったのです.「優しさ」という極めて単純な単語は意味としては理解していたものの,それを実際に示されたときの心の中は,混乱を極めていました.彼女をどう批判しようか迷っている間に,彼女の「優しさ」に包み込まれてしまったのです.

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 彼と同じ16歳であるにもかかわらず,彼とは対極に存在する彼女に対する未知の困惑は,ある出来事を経て変化を遂げることになりました.所属していた部活動でみんなが創作した作品の校正をしあっていたとき,文字通り校正に徹していた彼の作品を,褒めるべきところは褒めてくれる先輩がいたのです.そのときふと,心の中に温かいものが生まれるのがわかりました.それは幼少期に経験したものとは違い,「相手が自分を想っている」と訴えかけてくるかのような心象を与え,何度も何度も,感想の文章を読み直したことを覚えているそうです.

 他者の愛を虚構と見做し,拒絶する.これは彼にとって論理的帰結でした.確かに,あらゆる愛が自分を想ってのものだと思い込むのは愚直です.それを疑ってかかることは,合理的である場合もあるかもしれません.しかし,生きる上で人には愛が必要になること.そして,自分も誰かに愛を与えられる可能性があること.そんな一見当たり前なことを,彼はやっと答えとして実感し,彼女を理想形として人生の見本にしようと思えるようになったのです.

第四章 家族

 智絵里が趣味として提示している「四つ葉探し」は決してメルヘンな世界観や幼稚性の演出などではなく,彼女が今より状況が良かった過去に固執し依存しているという「弱さ」の表出に他なりません.劇中で両親との関係を改善する描写があり,そのおかげで性格が少しだけ明るくなったという設定があり,その成長物語と「家族」の要素は切り離すことができない.家族との和解が智絵里の「夜明け」になったことは明確です.

 一方その頃,T氏は「優しさ」を学んだものの,「家族愛」についてはどうしても信じることができずにいました.友人と接するときと,家族と接するときは明確に性質が異なっている.過ごす時間の量も質も前者と後者では比較にならず,だからこそ家族を愛することなんて本当はできないのではないか.あるのは「子供だから可愛がる」という形骸化した本能だけで,その周囲には大人たちの穢らわしい思惑が跋扈しているのではないか.

 こんな迷いを抱えたまま月日は流れ,母が社会の闇から帰ってきました.本当は少し怖かったけれど,いつか自分も智絵里のように家族の愛を確かめたいという欲求は,心のどこかに確かにあったため,勇気を振り絞って会いに行ったそうです.しかし,久しぶりの再会でも,胸中には複雑すぎる感情が渦を巻き,まともに顔を見ることすらできません.かける言葉も見つかりません.そんな彼を,母はそっと抱きしめました.そのとき,わかってしまいました.彼女は自分を愛している.理屈は関係ない.家族愛は存在する.絶対の事実から目を逸らすことができず,彼はただ静かに涙を流す母を抱擁しました.思えば白髪も増えて,体型も痩せ細って,まるで違う人間のようになってしまったな.側から見れば,ちょっとだけ不気味にすら見えるかもしれない.でも,この人は母親なんだ.僕のお母さんなんだ.

 智絵里より少しだけ遅れて,彼は夜明けを迎えることができたのです.

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第五章 反逆者

 理想は既にありました.しかし,彼がそれに取り組むには,現在に至るまでさまざまな困難が立ち塞がったのです.その強すぎる光に近づくと,翼が焼け落ちてしまうほど,彼の心は既に人間の闇と呼べる部分に触れていたのかもしれません.それでも,智絵里は語りかけます.弱くてもいい.綺麗な思い出がなくてもいい.愛は取り戻せる.夜明けはやってくる.

 T氏曰く,彼の担当アイドルがあくまでも藍子ひとりである理由は二つあります.一つは,彼自身が智絵里と心を一つにしているから.そしてもう一つは,彼が心を一つにしている智絵里は,他の事務所にいる智絵里とは違いすぎ,「緒方智絵里」と呼ぶには無理があるから.

 しかしながら,智絵里の解釈に限っては,彼は反逆者となる決意を固めているのです.なぜなら,愛は実在すると教えてくれた智絵里は,ここにしかいないのだから.

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